江戸時代、椿油は女性の黒髪を艶やかに装う化粧油として一躍人気を博し、以来、主に頭髪油としてその名が知れ渡っています。
近年、自然志向の高まりのもと、天然素材の椿油の優れた成分や特質が再び注目を集め、石鹸やスキンケア化粧品の基剤および食品の原材料等々、様ざまな分野に用途を広げながら、ますます脚光を浴びて来ています。
概 説
椿(Camellia、中国名:茶)は、広くユーラシア大陸からアフリカ大陸にかけて、また、遠くはオーストラリア大陸や南アメリア大陸にまで分布が及んでいるツバキ科(Theaceae、中国名:茶科)に所属する植物のなかで、ツバキ属(Camellia、中国名:茶属。属(genus)は植物の分類学上、種(species)が所属する最終集団)に所属する植物の総称を言います(広義の椿)。そして、このツバキ科ツバキ属に所属する植物の種子から採取した油が椿油(Camellia
Oil、中国名:茶油)です(広義の椿油)。なお、英語で椿をカメリアと呼ぶことから、産業界では、この広義の椿油を、狭義の椿油(狭義の椿であるヤブツバキの種子油)と区別する等の意味で、カメリア油(Camellia Oil、中国名:茶油)と呼んでいます。
ところで、産業界ではこの広義の椿油をカメリア油と呼んでいる訳ですが、現在、食品や化粧品等の原材料に多く使用されているカメリア油、すなわち広義の椿油は、狭義の椿油(ヤブツバキの種子油)、山茶花油(ユチャの種子油)および茶実油(チャノキの種子油)、または、それらのブレンド油であると言ってもよいでしょう。
さて、実に多種多様なツバキ属の植物群ではありますが、現在、わが国における化粧品の成分表示名称に登録されている椿油の由来である椿を整理すると、ツバキの仲間である@ツバキ節(sect. Camellia、中国名:紅山茶節)の植物、サザンカの仲間であるAサザンカ節(sect. Oleifera、中国名:油茶節)の植物、それに同じサザンカの仲間であるBトガリバサザンカ節(sect. Paracamellia、中国名:短柱花節)の植物、そして、チャノキの仲間であるCチャノキ節(sect. Thea、中国名:茶節)の植物という4つの節(section)に所属する植物に集約することができます。
参考までに、椿の種類の一部を紹介すれば、先ず、ツバキ節には日本原産種のヤブツバキ(椿、Camellia japonica、中国名:山茶)が、日本原産種以外では中国のチベットから雲南省にかけてのサルウィン川流域がルーツとされる中国原産種が多く、代表的なものにトウツバキ(Camellia reticulata、中国名:雲南紅花油茶)、チェキアンオレオーサ(Camellia chekiangoleosa、中国名:浙江紅花油茶)、ポリオドンタ(Camellia polyodonta、中国名:宛田紅花油茶)、セミセラータ(Camellia semiserrata、中国名:広寧紅花油茶)等があります。次に、サザンカ節には日本原産種のサザンカ(山茶花、Camellia sasanqua、中国名:茶梅)や中国原産種のユチャ(Camellia oleifera、中国名:油茶)が有名です。それら以外にもドルピフェラ(アブラツバキ、Camellia drupifera)、ヴェトナムツバキ(Camellia vietnamensis 、中国名: 越南油茶)等があります。また、トガリバサザンカ節にはキッシー(トガリバサザンカ、Camellia kissi)、タイワンサザンカ(Camellia tenuiflora)、メイオカルパ(Camellia meiocarpa、中国名:小果油茶)やユーシエネンシス(Camellia yuhsienensis)等があります。そして、チャノキ節にはチャノキ(茶樹、Camellia sinensis、中国名:茶)があります。
以上挙げた4つの節以外の節に所属する椿には、たとえばギガントカルパ(Camellia gigantocarpa、中国名:博白大果油茶)やカスピダータ(Camellia cuspidata (Kochs) Wright ex Gard.、中国名:尖葉山茶)等があり、枚挙に暇がありません。
しかし、椿油の由来である椿の種類が多種多様ではあっても、上述したように、実際に食品や化粧品等の市販品における原材料として使用されている椿油を見ると、一般に、@ツバキ節(sect.
Camellia)に所属するヤブツバキの種子油であるツバキ油(椿油:Camellia Japonica
Seed Oil)、Aサザンカ節(sect.
Oleifera)に所属するユチャの種子油であるユチャ油(山茶花油:Camellia
Oleifera Seed
Oil)およびBチャノキ節(sect.
Thea)に所属するチャノキの種子油であるチャ種子油(茶実油:Camellia
Sinensis Seed Oil)が見られる程度で、産業上、カメリア油、すなわち広義の椿油は、@狭義の椿油、A山茶花油およびB茶実油、または、それらのブレンド油に集約できる程、その由来である椿の種類が非常に限定された植物油(トリグリセリド混合物)であると言えるでしょう。
多くの椿油が潤滑油等の機械油や医薬品等の工業製品になっている中で、ここでは椿油の表示について、その代表的なものである化粧品と食品(食用油脂)について述べます。なお、椿油の品質については、こちらをご覧ください。
最初に、当然ながら化粧品と食用油脂では表示の取り扱いが異なります。
化粧品 |
椿の種類に基づいて命名された成分名を表示する。 |
食用油脂 |
カメリア植物群の種子油は全て原材料名を「食用カメリア油」という名称に統一して表示する。 |
先ず、化粧品の原料に使用される椿油にあっては、「原料の由来となる椿が異なれば、成分も異なる」という考えから、椿の種(species)に応じた成分名がそれぞれ決められており、例えばヤブツバキ、ユキツバキ、ユキバタツバキ等のツバキならばツバキ油(INCI名:Camellia
Japonica Seed Oil)、ユチャならばユチャ油(INCI名:Camellia Oleifera Seed Oil)、トウツバキならばトウツバキ種子油(INC名I:Camellia
Reticulata
Seed Oil)、そしてチェキアンオレオーサならばセッコウベニバナユチャ種子油(INCI名:Camellia Chekiangoleosa Seed Oil)というように、椿の種類に基づいて命名された成分名を表示することが生産者に求められています。(注)
(注)化粧品においては、このように原料の学術的考察に基づいて成分名を決めていますが、このような考え方に基づく化粧品原料の国際命名法を「INCI」(International Nomenclature Committee
Information)と呼んでいます。また、INCIに基づく国際的な化粧品成分の表示名称を「INCI名」と呼び、日本化粧品工業連合会ではこの「INCI名」に基づき、わが国における化粧品成分の表示名称を決めています。
これに対して、食品の原材料に使用される椿油にあっては、今日までそれを食するという習慣が無かったために、原材料名を表示する場合の拠り所となる食用植物油脂の品質表示基準や日本農林規格に収載されている規定はもとより、その他のガイドラインさえ存在しません。
当社は、かねてより食用油脂である椿油の原材料名について、それを化粧品の命名法と同じ「椿の種」単位で決めることはいたずらに煩雑さが増すだけで合理的ではなく、上述した椿油の定義に基づいて原材料名を決め、それを表示するのが望ましいと考えておりました。
そこで当社では、椿油がツバキ科ツバキ属に属する植物の種子油、すなわち「『ツバキ属(Camelliaと言います)』という属(genus)の下に集まった植物群(Camellia:ツバキ属植物群)の種子油」、すなわち「Camelliaの種子油」であるという点に着目して、ツバキ属植物群の種子油は全て原材料名を「食用カメリア油」という名称に統一して表示することと致しました。
なお、産業上分類できる椿油は「椿油」、「山茶花油」および「茶実油」の三集団として把握することができることから、原材料である「食用カメリア油」の補足説明として、例えば「この食用カメリア油は椿油です。」、「この食用カメリア油は山茶花油です。」、「この食用カメリア油は茶実油です。」あるいは「この食用カメリア油は山茶花油と椿油です。」等と、例えば名称や原材料名等の表示義務項目を記載する欄外か、商品ラベルとは別刷りの商品説明書等に記載すれば、消費者への分かりやすい商品情報の提供になるのではないかと考えております。
さらに、当該「食用カメリア油」について原料原産地等の情報開示が必要な場合には、やはり表示義務項目の欄外または別紙に、例えば原材料である「食用カメリア油に使用したカメリア油の種類と原料原産地」を一覧表にして表示する方法もあると考えております。ここにその考案例を示せば下表のとおりです(カメリア油の種類は使用量順に記載)。
原材料名 |
カメリア油の種類と原料原産地 |
食用カメリア油
|
椿油 |
東京都 |
山茶花油 |
中国 |
茶実油 |
静岡県 |
椿油を含むブレンド油や香味油における食用油脂の「名称」表示について |
一般に、原材料が1種類の食用油脂における「名称」の表示については、例えば「食用カメリア油」というように原材料名を記載しますが、それが2種類以上の場合は「食用調合油」と表示します。
ところが、椿油を含むブレンド油における食用油脂の「名称」については「食用調合油」とは表示できず、使用した原材料、例えば「食用カメリア油、食用ぶどう油」というように、原材料に占める重量の割合の多い油から順にその原材料名を記載するか、単に「植物油」または「植物油脂」というように、表示しようとする食用油脂の内容を表す一般的な名称を記載します。
これは食用植物油脂の品質表示基準および日本農林規格が、「食用調合油」について「食用植物油脂に属する油脂(香味食用油を除く)のうちいずれか2以上の油を調合したもの」と規定しているため、同基準および規格の「食用植物油脂」に該当しない椿油を含むブレンド油は、同基準等の「食用調合油」ではないことによる措置です。
このように、同基準等が規定していない植物油、例えば椿油を含むブレンド油における食用油脂の「名称」表示には、例外的な取り扱いが求められます。
また、同基準等の「食用植物油脂」ではない椿油を原材料に使用した香味油は、名称の表示を同基準等が定める「香味食用油」としてはなりません。同基準等によれば、香味油の名称として表示すべき「香味食用油」とは、「食用植物油脂に属する油脂に香味原料(香辛料、香料又は調味料)等を加えたものであって、調理の際に当該香味原料の香味を付与するもの」とあるからです。 |
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